中等部長

ご挨拶

井上逸兵部長

 皆さん、こんにちは。慶應義塾中等部へようこそ!
 慶應義塾は小学校から中学、高校、そして大学・大学院まである大きな学校です。それぞれに複数の学校、学部(大学)、研究科(大学院)があります。中等部はこの慶應義塾の学校の一つで、男女共学の中学校です。慶應義塾では小学校から高校までの学校を「付属校」とは呼びません。「一貫教育校」と呼びます。みな慶應義塾の伝統を受け継いでいますが、それぞれに創立の経緯が異なり、それぞれに特徴があるからです。
 慶應義塾の創設は、幕末の1858年にさかのぼります。当時はまだ中津藩の若い藩士であった福澤諭吉が江戸築地の藩邸に開いた蘭学塾が発祥です。近代化を迎える激動の時代にあって、西洋諸国と伍するためには、国を支える一人一人の人間が真に「独立」していなければならないと福澤は考えました。新しい日本のスタート地点に立った福澤が掲げた「独立自尊」の理念は慶應義塾全体の教育の根幹です。
 中等部は160年にわたる慶應義塾の長い歴史の中では比較的新しく、1947(昭和22)年4月に開校しました。戦争が終わり、新しい自由な時代の幕が開けた頃のことです。中等部には慶應義塾の塾歌に加えて「中等部の歌」があります。折口信夫の作詞による1948年につくられたこの歌には「来たれり今や 自尊の世代」という一節があります。新しい時代の若者たちを「自尊の世代」と謳ってこの中等部はスタートしたのです。戦争で壊滅状態となった日本がもう一度スタート地点に立った時でもありました。
 慶應義塾中等部はこの二つの新しい時代のスタート地点に立った志を伝統の礎としています。つねに新しい時代の入り口に立つ気概をもった古い学校、つまり、中等部は「古くて新しい学校」なのです。
 慶應義塾の理念と「古くて新しい」中等部の志のもとに、「自由」、「独立」、「自尊」をどのように皆の成長の糧にするか。学校生活の中でどのようにそれを実現させていくか。それが生徒、教職員ともにこれまで求めてきたことです。そしてその実現のために力を合わせて築き上げてきたものが今ある中等部の姿といえるでしょう。
 中等部は、創設に当たって「自立した個人を育む、自由な」教育を理念として高く掲げました。それは現在でも教育の根幹に位置付けられています。自立した個人に求められるのは「自分で考える」「自分で判断する」「自分で行動する」、そして「その結果に責任を持つ」ということです。それを可能にするのが本当の意味での「自由」です。「ああしなさい、こうしなさい」と言われて行動すること、または「これはだめ、あれはだめ」と言われて行動することは、自由ではありません。また、勝手気ままに、他人や世の中のことはお構いなしに振る舞うことも本当の「自由」ではありません。そんな「自由」は楽しいものではありません。
 例えば、本校には制服がありません。「べからず式」の校則もほとんどありません。式典や校外での活動では「基準服」と呼ばれるものを着用しますが、平常の通学時の服装はバッジを付けていれば、原則として自由です。こうした意味で、本校では生徒一人一人を「独立」、「自立」した一人の個人として大人扱いします。本校での生活では、常に自分で考えて自主的に行動することが求められています。
 もう一つ例をあげるなら、本校では生徒は先生を「さん」付けで呼びます。これは福澤が、目上目下を問わず、誰に対しても「さん」付けで呼んでいたことの影響でもあります。また、教室に、生徒を見下ろすような教壇がありません。さらに、教員室には、試験前の数日間を除いて、生徒が自由に出入りできます。いずれも、生徒と教員の間にある垣根を極力なくして、自由にコミュニケーションがとれる環境を作ろうとする工夫と言えます。
 もちろん、自由だからと言って、何でも許されるわけではありません。お互いの尊重と信頼という基本的な人間関係に基づいて、それぞれの立場から自由に交流できる風通しのよい学校を目指しています。私たち中等部は草創期から「できるだけ明るい学校にしよう」という考えを大切にもってきました。明るい学校には、教職員同士・生徒同士・教職員と生徒が、それぞれ自分の意見を自由に表明できるような人間関係が基本になります。それぞれが輝き、それぞれがお互いの輝きを認め合い、大切にすることが、私たちが目指してきた明るい学校です。そしてそれは「自尊」を意味します。
 このような理念のもとに、中等部では、「学業」「校友会活動(クラブ活動)」「学校行事」を教育の3本の柱としています。この学校は受験を目標にする学校ではありません。したがって勉強で他と競うことを主な目的としていませんが、きちんとした学力を身につけ、幅広い教養を身に付けるよう学業に勤しんでいます。そして、校友会活動、学校行事の様々な活動を通して、個々の生徒の様々な能力と創造性を高め、社会において共生する力を、これからの新しい時代を生き抜くために、身につけてもらいたいと願っています。
 中等部は自由で楽しい学校です。「独立自尊」に根ざした、本当の意味で楽しい「自由」な学校です。中等部の自由でのびのびとした明るい校風の中でじっくりと時間をかけて「自分」を磨き、慶應義塾の一貫教育において、将来社会の先導者となるための力を養っていただきたいと考えています。また時代が新しいスタートに立った時に先導者になりうる人間力を備えてもらうことが私たちの願いです。